2021.02.12

【徒然本店】いま読みたい向田邦子、いま聴きたい山口百恵

新連載「徒然本店」は、国立本店を運営するほんとまち編集室のメンバーがそれぞれの日常を綴るエッセイです。初回は、小倉一恵がお届けします。

 

昭和の子どもが知りたかった “大人の世界”

巷では、若い子を中心に“昭和ブーム”なのだとか。ずっと前からレトログッズを蒐集している身としては、“やっと時代が追いついてきたな…”と、ひとりほくそ笑む今日この頃です。私のレトロカルチャーの愉しみ方は、①食器やグッズの蒐集と純喫茶巡り ②昭和の女流作家の本を読む ③父親が集めていた古い映画のパンフ紹介…という3つが基本。この中の②について、お話させていただきます。

主に骨董市で購入。詳しすぎて業者に間違われることも。

昭和を代表する憧れの女流作家と言えば、やはり向田邦子を挙げられずにはいられません。誰の心の中にも潜む狡さや弱さ、邪悪な一面にスポットをあてつつ、時には滑稽な姿を交えて上質なドラマに仕立て上げる、言わずと知れたストーリーテーラーです。

脚本家として数々の名作を生み出してきた彼女の代表作に「阿修羅のごとく」というドラマがあります。母親が夢中になってこのドラマを見ていた遠い記憶がよみがえり、大人になってから何冊も彼女の小説を読みました。誰にでもある“秘め事”や“隠し事”。家族には言えない…家族だからこそ知られたくない、そんな一面が次第にあぶり出されていきます。重いテーマにもかかわらず、各々の感情むき出しゆえの滑稽な姿が物語にリアリティーと可笑しみを加え、長編ながら飽きさせない読み応えのある一冊です。

実は「阿修羅のごとく」の主人公である四姉妹の実家は、“国立にある古い一軒家”という設定になっています。国立が名作ドラマの舞台になっていると知り、うれしく思った反面、自身の心の内側まで今は亡き向田邦子に見透かされているように思えて、妙にドキドキしてしまいました。

憧れの女性と幸せのカタチ

大人になってから読むと、じわじわと心に刺さる言葉が散りばめられている向田作品。先日行われた、向田邦子没後40年特別イベント「いま、風が吹いている」展にも足を運び、その世界観を堪能してきました。彼女が残した作品の中から抜き出したワンフレーズが短冊に記され、好きな言葉をもらえるという展示があったので、この一節を持ち帰りました。

「向田邦子の恋文」では、秘められた恋が明かされている。

 

素顔の幸福は、しみもあれば涙の痕もあります。思いがけない片隅に、不幸の中に転がっています。屑ダイヤより小さなそれに気づいて掌にすくい上げることの出来る人を、幸福というのかもしれません

――ドラマ「幸福」より

 

昭和を代表する大スターの座を捨て、愛する人と暮らす “日常”を選んだ山口百恵さんが国立で暮らしているのは有名な話です。先日、40年ぶりに放送された伝説の「引退コンサート」を見ながら、弱冠21歳で“素顔の幸福”を見極め、潔く別の人生を選択された生きざまに改めて深い感銘を受けました。

憧れのお二人が小説の舞台に、そして生きる場所として選んだ国立という街で、いま暮らしているという不思議。日々の小さな出来事に“幸福”を感じられる人でありたい…。そう思った矢先に、自分の年齢が早逝した向田邦子を既に超えていたことに気づき、人知れずショックを受けている“市井の人”なのでありました。

text by KAZUE OGURA
小倉 一恵
会社員、ときどき編集者・ライターという二足のワラジ生活。主にプロダクトデザインや伝統工芸品などに関する記事を執筆しています。純喫茶巡りと骨董市散策に夢中。
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