【喫茶クニタチ】第五回/台形
昨年夏にオープンしてからずっと気になっていたお店、「台形」。メールで取材を申し込んだところ、店主の伏木さんからの返信には、“当店は喫茶でもカフェでもないですが大丈夫でしょうか?”と書かれていた。そして、その一文の後には、“こちらはどんな取り上げ方でも構いません”との言葉も添えられていて、本音と気配りが入り混じったメールの文面に私はさらに興味津々になった。そんな事前のやりとりもあり、胸を高鳴らせながらお店に向かった。
::: わからなくていい、その心地よさ。
国立駅南口から10分ほど。お店は市内の軸となっている3本の大通りのひとつ、車通りもある富士見通りに面しているのだが、ドアを開けた途端、店内のほの暗さや、壁にかかる世界の古い土俗面などの民間信仰物、工芸・美術・民俗学を軸とした古書がずらりと並ぶ本棚の雰囲気に異世界にワープしたような感覚になる。外からの光は玄関ドア上部の小窓のみ。席について時が経つと方向感覚さえもわからなくなってくる。空間に身体も心もすっぽりと包まれ、何者でもない時間がはじまる。
店主の伏木庸平さん、大木瑶子さん夫妻は、ともにものづくりの人だ。庸平さんは美術家であり、瑶子さんはフリーパタンナー。ふたりは自分たちの暮しの軸となる場を探していた。
「きっかけは、ふたりで仕事をつくれる場所がほしいね、というところからなんです。台形という店名も、店っぽくしたくなくて、なるべく意味を排除して記号的な感じにしたくて名付けました。最初からカフェっていう枠組ではじめるとカフェに、喫茶って名付けると喫茶店になっちゃうので。これは台形という僕たちふたりのプロジェクトなんです」
少しずつお店の輪郭が鮮明になってきた。けれど、プロジェクトならお店でなくてもできるような気がする。庸平さんとの会話の中で、そんなに人が好きじゃないんですよ(笑)、というひとこともあり、なぜお店の形を選ばれたのか伺ってみると、
「リアルな場所が欲しかったんです。今はネットの中で実店舗が無くてもお店ができるじゃないですか。でも、だからこそ人が実際に足を運んでくれる、プラットホームみたいな場をつくりたくて」
人が好きじゃないと話しながらも、人が集える場所をつくりたいし、美味しい料理でもてなして喜んでもらいたい。その混沌、それこそが台形の持つ味わい、空気感だ。お店のカテゴライズもそれぞれのお客さんにしてもらえれば…と庸平さん。ある人には喫茶店であり、ある人には骨董屋であり、またある人には古本屋である…、そんな空間を目指している。また、お店で実際に使用しているテーブルや椅子、お皿やスプーンまでほとんどのものが実は購入できるそうで、この場所の何も縛りのない自由なおおらかさには意表をつかれっぱなしだ。コンセプトありきのお店が多い中、このわからなさ、つかめなさにただならぬ余裕を感じる。そして店主の庸平さんのお茶目な存在感が、諸々の出来事すべてをちゃんと着地させてくれる。
:::懐かしさと新しさを感じる料理たち。
料理は、おもに瑶子さんが担当している。鶏肉の赤ワイン煮込みやキッシュなどとともに提供される「台形set」のサラダは、季節の野菜を多い時は10種類くらい入れて、複合的な味に仕上げている。
「せっかく外に食べに来てくれるお客さんのためになるべく、ふだん家で食べられないようなお料理を出していきたいです」
取材日にいただいたサラダの中にはアクセントにぶどうのスライスや紫キャベツが入っていて、色彩も美しかった。毎週金・土曜の夜は、コース料理も予約できる。
スイーツは木製のカウンターに内臓されたショーケースに可愛く並んでいる。定番のタルトフロマージュなどの生菓子。そして最近の人気メニューはラムレーズンのトリュフや甘酒のパンナコッタ。
国立にお店を構えたのは、偶然が重なったからだそうだが、「都心に住んでいた時はふたりだけって感じだったんですけど、このまちに引っ越してみて、ものづくりをしている作家やデザイナーなどの自由業、自営業の仲間のみなさん、それからお客さんとのつながりに囲まれていろいろと助けてもらっています。人間関係も広がりました」と、瑶子さんははにかんだ。
:::まちの余剰のような場所でありたい。
「自己に沈潜していくような、深く沈んでいける、ほら穴みたいな洞窟みたいな閉じられた空間にしたかったんです。ガラス張りで外にひらいているお店ってもうたくさんあるから僕らがやらなくてもいいじゃん、って思って。なので、椅子の配置もなるべくお客さん同士の視線が合わないようにして、店員の気配とかも消すようにしてます。ここは暗さが落ち着きますよね。僕も寝ちゃいますもん(笑)」
ほの暗い店の中で流れる音楽と一緒にくつろいでいると、まるで宇宙の果てに放りだされたような感覚になる。空間の力なのか、ぼんやりしていると懐かしい小学校の放課後の思い出がよみがえってきたりして、心がすーっと遠くにいく。そんな気持ちになれる場所がお店としていつも開いていてくれることがただうれしい。
「わけわかんない場って貴重だと思うんです。社会の余剰みたいな」
わかり合おう、共感しよう、よりわかりやすく、よりスマートに。そんなムードが全盛な今の世の中に、庸平さんの言葉はカウンターからずっしりと響いた。意味なんていちいちない。感性でありのままに。そんなふたりがつくる場所の力強さに、なんだかほっとして帰路に着いたのだった。
(ライター:三森奈緒子/写真:篠原章太朗)
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台形
国立市中2-2-3
電話:070-4111-1449
営業時間:火〜木 12時〜20時、金・土 12時〜18時/19時〜(コース料理予約制)