2016.02.10

【喫茶クニタチ】第一回/珈琲ぶん

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コーヒーポットの注ぎ口から、黒々とした挽き豆に一滴が落ちた時、店主のぶんさんを取り巻く空気が研ぎ澄まされたものに変わったように感じた。

ネルドリッパーの中にカップケーキのような泡がこんもり現れて、芳しいコーヒーの香りが広がっていく。そこへよどみなくお湯を落としつづけ、コーヒーに向き合う姿は静かな空気を纏っていたけれど、「いい香りですね。」と話しかけると、やわらかい笑顔になって「そうでしょう。」と返してくれた。


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::: 2003年、国立に店を構えてから現在まで

「珈琲ぶん」が開店したのは2003年。大学があり、女性がおしゃれな服を着て歩く国立を「自分が思い描く空間を受け容れてくれそうな街だ。」と感じ、旭通り沿いに店を構えた。

自身で内装の設計やデザインを手がけ、理想とする空間により近付けるため、店に置く小物もすべて手がける。既製品にも必ず手を加え、まるで画家がキャンバスに向き合うように、空間の細部までこだわり抜いた。

「そのせいで敷居が高く感じられたのでしょうか、最初の3年は暇で暇で。それでも、その時の自分が出来る精一杯、自分の中の理想へ近付こうとしていました。」

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カウンター5席の現在の場所に移転したのは、2014年のこと。前の店から運びこまれた手作りの什器が置かれた空間には、通りに面した窓からの光が差し込んでいる。この店でのお客さまの過ごし方に合わせて、テーブル席を増やした。洗練された空間にも、まるで迎え入れられるようなやわらかさを感じる。

「自分の思い描く理想だけで閉じていたものが、少しずつ外に開く方向にあるっていう気はします。10年経って、ようやくまちに馴染んだような。」

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:::「珈琲ぶん」が思い描く理想への追求

店の空間も、コーヒーも、まだまだ思い描く理想には程遠い。「喫茶店」としての完成度は前の店の方が高かったと思う、とぶんさんは話す。けれども、席数も多く、アルバイトの育成など色々なことを抱えていた前の店ではできなかったことを、今の場所では精度を上げて追求できているという。

「たとえば味覚なんて人それぞれなので、万人に合うコーヒーなんてまず無理なんですね。なので、コーヒーも店づくりに関しても、良くないやり方っていうのは一切やらない。より理想的だとわかっているやり方は、全部やろう。現状に満足しないように心がけています。」

人と空間と1杯のコーヒー。そこには、今日の天気や音楽、それぞれの過ごし方、交わされる言葉、カップを差し出す所作、今日の豆の焙煎具合など、五感で感じられる要素が複雑に絡み合っている。今の現状に満足することなく、思い描く理想のひとときに至るまでのアプローチを追求し続ける。現在の「珈琲ぶん」は、そんな追求の場なのだという。

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::: 磨かれ続けるコーヒーの技術

「昔、とある店で出されたネルドリップのデミタスに衝撃を受けて。ネルドリップが自分の原点なんです。」

ひとつひとつを手で縫い合わせるネルドリッパーにも、「珈琲ぶん」のこだわりが現れる。オーダーをいただいてから心を込めて抽出するコーヒーは、まろみのあるやさしい味わいだ。けれども、あの時のデミタスで感じた衝撃には、いまだ辿り着いていないという。

コーヒーは、抽出の技術だけではなく、焙煎の技術によっても味わいが大きく異なる。コーヒー豆は焙煎したてが一番美味しいわけではなく、成熟していく一定の期間があるという。豆の種類によっては、焙煎後2週間をかけて「飲みごろ」を迎えるものもある。豆の旨みがもっとも高まる「飲みごろ」を、いかに長く持続させるか。2016年、「珈琲ぶん」が目指すのは、そのための焙煎技術の追求だ。

「マスターと呼ばれるのはくすぐったい。」と、ぶんさんは笑う。今の場所に店を移した時、前の店からのお客さんはごく一部しか残らなかった。それは、コーヒーの味のみを求めているのではなく、それぞれの人にとっての暮らしかたや、空間での過ごしかたがあるからだという。話したいという人もいれば、距離感を保ちたいという人もいる。「一度も話したことのない10年来の常連さんもいらっしゃいますよ。」と、ぶんさんはうれしそうに話してくれた。

小さな空間には、その人の全てが現れる。技術を追求する職人の手により、心を込めて抽出されたコーヒーに出会える、心地よく洗練された空間。「珈琲ぶん」のある暮らしを想像すると、自然と背筋がぴんと伸びる気がした。(ライター:加藤優/写真:石井典子)

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珈琲ぶん
国立市中1-8-30 イトーピア国立1F
電話:042-505-9204
営業時間:11時〜20時
定休日:水曜日
http://www.coffee-bun.com

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