2016.09.23

【喫茶クニタチ】第四回/名曲喫茶 月草 tsuki-kusa

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国立駅南口、富士見通り沿いにあるレンガ作りの建物。その外階段を上がった二階に「名曲喫茶 月草」はある。店内は商店街の喧噪から遮断された、全身で音楽に包まれる別世界。月草とは露草の別名で花言葉はセレナーデ。店主の名のひと文字が入った名曲喫茶は、今年の海の日で5年めを迎えた。

:::「カフェ ガラス玉遊戯」からのはじまり

店主・愛月さんのお母様、博子さんがご家族で始められた「カフェ ガラス玉遊戯」。愛月さんはそのカウンター席に腰掛け、大人達のなかで過ごす事が楽しかったという。1980年にオープンした店は、ペンギンカフェオーケストラ、コクトーツインズや現代音楽などの、流行とは一線を画す音楽をかけていた。お客達は流れる音楽、趣のある器で提供されるコーヒーやケーキ、スパイシーな自家製チキンカレー、何よりその全てから作り出される店の雰囲気を愛し、集っていた。

2000年、20年間愛された「カフェ ガラス玉遊戯」は惜しまれながらもそのページを閉じた。そして同年、愛月さんと博子さんの新たな挑戦が始まった。それまでとは全く違ったコンセプトのナイトカフェ「cafe flowers」を「カフェ ガラス玉遊戯」と同じ場所でスタートさせたのだ。女性が夜ひとりでもゆっくり過ごせるような雰囲気の中で、コンテンポラリーな音楽や様々なDJによるマニアックな選曲を提供していく、それまで国立にはなかった店として「cafe flowers」は少しずつ定着していった。

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:::ある名曲喫茶との出会いと別れ

「cafe flowers」を営みながら、なぜ愛月さんは名曲喫茶を始めることにしたのか。

それは愛月さんが生まれる前、幼少の頃から博子さんと通っていた名曲喫茶との出会いまで遡る。それは同じ富士見通りにあった老舗の名曲喫茶「ジュピター」。愛月さん自身、幼い頃から20年以上通い店のマダムにもとてもお世話になったという。しかし「ジュピター」が閉店し、マダムが亡くなってからは、その大きな喪失感からクラシックをしばらく聞けなくなったという。それでもリハビリのように通いだした高円寺の名曲喫茶で、クラシック音楽や名曲喫茶という空気に少しずつ自分を馴染ませていったのだそうだ。そこでおきた夢の中のような体験–亡き「ジュピター」のマダムとの邂逅­–を啓示と受け、自身で名曲喫茶を始める決意をした。早速「cafe flowers」の営業していない時間を使って名曲喫茶を始めることを博子さんに相談すると、新しい名曲喫茶をつくることをとても喜び、背中を押してくれた。こうして、同じ店舗を使って全く違うお店を営むというユニークな形態で「名曲喫茶 月草」が始まったのだ。2012年、海の日のことである。

:::安寧の時を提供していくということ

「月草」の営業日は土日と祝日。開店記念日である海の日は必ずオープンしている。バースデーケーキのローソクが増えていくのをお客様と祝えるのは店主冥利だろうか。それともシャイな店主ゆえひとりで悦びに浸りたい日でもあろうか。

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「カフェ ガラス玉遊戯」の頃から愛される、一週間煮込んだ自家製チキンカレー。愛月さんのアレンジを加えながらもオリジナルの味を大切にしている。それは古くからのお客様や思い入れのあるお客様に満足して頂きたいから。丁寧にドリップされたコーヒーと季節のスイーツ。「ジュピター」の味を再現したシナモンたっぷりのホットワイン。提供される食器も「カフェ ガラス玉遊戯」の頃から丁寧に使っている昭和のデッドストックがほとんどだ。

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クラシック好きのお客様が七割で、大半が年配の方。クラシックレコードのアナログ音源を求めて来店される方も多い。注文を受ける時にも細心の注意を払い、名曲喫茶での過ごし方をご存知ないお客様には、わかっていただく工夫もしている。博子さんが客として来店する事もあり、そんな時はたとえ母親でもお客様としてもてなすそうだ。かねてより喫茶店をこよなく愛する博子さんにとっても「月草」は無くてならない場所となっている。彼女のみならず、そういうお客様はたくさんいらっしゃるのだと思う。

週末になるとふと足が向き、一週間頑張った自分を解放してあげたくなる。音楽だけが流れる静かな場所で。それは愛月さんが、「ジュピター」のような自分でも行きたい名曲喫茶を実現させたからかもしれない。そんな安寧な時を過ごせる場がある国立のなんと豊かな事か。(ライター:松岡依利子/写真:加藤健介)

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名曲喫茶 月草
国立市中1-10-8 ノア国立ビル 2F
電話:042-575-4295
営業日:土、日、祝日
営業時間:12時~19時

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