2018.01.26

【喫茶クニタチ】第八回/茶処てんてん

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あてどもなく散歩をしていて、思わぬところに美味しいお店や、ずっと通いたくなるお店を見つける。そんなことがあった日のおわりには「あぁ、今日はいい一日だったなあ」とほくほくした気持ちがこみ上げてくる。

谷保天満宮の境内で出会った一件の茶屋。その茶屋では、本格製法のふっくらとした甘酒、豆を挽いてから淹れてくれるコーヒー、ふわっとした食感の白玉粉のぜんざいなど、こだわりのある逸品に驚かされてしまう。

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「ふふ、驚きましたか? もしもこの場所ではなく、都内の一等地ならそれなりの値段がとれるんじゃないか……そう思えるほど美味しいものを、ここでは出そうと思っているんです」

店主の小林恵美子さんは、てんてんの赤い暖簾の下から顔をのぞかせながらそう話す。よく見ると、なにやら秘密をたくさん持っていそうな店構えだ。美味しい甘酒とコーヒーをいただきながら、他愛ない世間話のように少しずつその秘密を紐解いていった。

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::: おいしい甘酒は「かゆや」由来

てんてんの甘酒には自然な甘みとまろみがあり、ふっくらしたお米の粒が残っているのが特徴的。その甘酒にも、てんてんの秘密の一つが隠されているようだ。

「美味しい炊きたてのごはんを想像してみてください。お米の粒々がしっかり立っていますでしょう。うちの甘酒は、そんな日本人なら誰もが美味しいと感じる“ねばり”と“つや”のあるごはんを彷彿とさせるような『おかゆ』から作られているんです」

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おかゆに米麹を加えてじっくり発酵させるのが、甘酒の基本の作り方だ。てんてんの甘酒は、ふっくら仕上げたおかゆに日本一の麹屋さんと言われる『天野屋』の麹を加え、70℃の低温で10時間以上かけて仕上げられる。

てんてんの甘酒の美味しさの秘密でもある『おかゆ』を紐解けば、なんと約20年もの歴史が隠されていた。

「国立駅前の、現在はダイソーがあるところ。そこに、私の母が立ち上げた『かゆや』がありました。普段の食事と同じように、おかゆを身近に感じていただきたいという思いで、赤ちゃんからお年寄りまで、幅広いお客様に親しんでもらっていたんですよ」

かゆやは残念ながら2011年1月に閉店してしまったそう。けれども、長年培われてきた『かゆや仕込みのおかゆの作り方』は、いまもてんてんの甘酒のなかに生きている。

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::: お守りよりも、『合格ゼリー』

谷保天満宮といえば、学業成就の神様として有名だ。
てんてんの目玉商品でもある『合格ゼリー』。そこにも、秘密のひとつが含まれている。

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「神頼みに必死になってもしょうがないけれど……、お守りのようなものではなく、こちらの気持ちが伝わるといいな、と思っているんです」

なんと、「合格ゼリーの包み紙の五重丸は、ひとつひとつ学生さんに赤ペンで丸つけをしてもらったものなんですよ」と小林さん。その仕事は代々「顔よし、頭よし、性格よし」と言われている学生さんたちに受け継がれているそうだ。もともと、かゆやのスタッフがイケメン揃いだったことから、ずっと続けられてきた通例なのだとか。

そんなお守り以上に想いがこもった包み紙は、ゼリーを食べ終わっても大切に取っておく人が多いそう。

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目にも鮮やかなゼリーの紅色は、アッサムとセイロンの茶葉由来のもの。寒天ではなくゼラチンが使われているので、ほどよい弾力と柔らかさがくせになりそう。そして、「プラスチックのパッケージに入れておくのはもったいない」と感じるほど、やはり味も本格派だ。

今年何かに合格を決めたい人、あるいは「私の人生はもう五重丸!」と思われている人も、てんてんの『合格ゼリー』を味わってみてはいかがだろう。

 

::: 茶屋で愉しむ一期一会

「食べるものは人一倍こだわっていますよ。自分が美味しいと思えるものを、ここでは出すようにしています」

そう言ってにっこりと笑う小林さんからも、人を惹きつける包容力を感じるのは気のせいだろうか? 話しているとなんだか心地よくて、どんなことでも打ち明けてしまいそうになる。

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「てんてんは『谷保天満宮の境内に人々がゆったり過ごせる場所をつくりたい』と、母が立ち上げたお店。お客さんもそうですが、ここは私にとっても落ち着ける場所なんです」

目の前に広がる梅林が見頃を迎える1〜3月には、晴れれば毎日お店を開けている。てんてんの窓から眺める美しい梅林と、ゆるやかに散策を楽しむ人々の姿。そんな“借景”をいただきながら、濃いめのコーヒーを淹れるのが、小林さんのひそかな幸せを感じるひとときだ。

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「梅の季節はもちろん、その後の4月にここへ来ていただくのもおすすめですよ。梅林の中に立って、てんてんの方を向いてもらうと、後ろに大きな木があるのが見えますでしょう。この木は、実は立派な山藤。花開く季節には、天然の藤棚のようになるんです」

言われてよく見ると、てんてんの店構えは山藤の木と共存するために、少しだけ前にかしいでいることがわかる。

そのほかにも、ふしぎな秘密をたくさん持っている茶処てんてん。何があるのかは、小林さんに尋ねれば、「何もないわよ」なんて言いながらそのうち教えてくれるはず。晴れた日には、気の向くままに、甘酒やコーヒー、美味しいおしるこをいただきに来よう。思うままに歩いていった道すがらの出会い、それがきっと一期一会なのだと思う。

(ライター:加藤優/写真:加藤健介)

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茶処てんてん
国立市谷保5209 谷保天満宮梅園内
ホームページ:http://kayuya.tamaliver.jp/
営業時間:10時30分~16時30分
土・日・祝日の晴天時営業
お正月・梅の時期には、平日も営業(不定休あり)

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